節分

子供の頃、節分になると、母は宝楽鍋で豆を丁寧に煎っていました。私は、その傍らで香ばしく煎りあがってゆく様を眺ながら、一つつまんで口に運びます。
「まあー、お行儀の悪い子」と、母は笑って言いました。
煎りあがったら、1升枡に盛り神棚にお供えします。
夕食後、一斉に窓を開け、父は、「福は内、鬼は外」と、大声で豆を撒き、姉と私も父に合わせて、声を張り上げました。
その後、それぞれの年の数だけ豆を頂きます。おばあちゃんは食べきれない程の数になるので、3粒程にしていました。
何故か、お正月の箸袋の名前書きと豆まきは、父の役割でした。その様子を頼もしげに見て育ったように思われます。
畳から椅子へと生活様式が変わり、おやすみなさいの挨拶を正座して父親にする習慣がなくなり、また、給料が振込みへとシステムが変更して以来、父親の尊厳が薄れていったようで残念です。
お父さんは偉いと子供達に思わせていた昔の女性は、本当に偉かったと、今になって良くわかりますね。