自問自答

久しぶりに、幸田文の随筆を開けてみました。
幸田文は、祖母のお気に入りの作家で、私も簡潔で、物静かな文章が好きで、時々ふれてみたくなります。
「桐とビル」
こちらに知ろうわかろうとする気があるかぎり、そこにあるたとえば花なり猫なりは、かならず何かを教えてもくれるし、わかるきっかけにもなってくれるのである。………………
手びろく仕事をしている人が、かねて念願の新社屋を建てた。もちろん、新社屋の使いこなしは胸中に用意してあったし、その人にとって新築のビルは「あるべきもの」といった感でさえあった。だが、ビルがだんだん出来上がってくると、毎日その人はビルに求められ、きかれている圧迫があったらしい。「どういうふうにする気か」と。そこにある、ここにいるというのは互いにこういうことだとおもう。
これを読んでいると、私もここに移転して、1年9カ月がたちました。
北野町、ドゥマンビルという新しい環境の中で、サロメをどういうふうにするのか、何を求められているのか、問い続けつつ歩んできたように思います。
自分がやりたいことで、自分しかできないこと、しかも、人に喜んでいただけることがきっとあると思う。
確かな目標と手応えを求めて自問自答の日々が続きそうです。