ネオンの街

朝から蝉が鳴き、暑い一日になりそうです。
私が初めて店を持ったのは、26歳の頃でした。
カフェ レストラン アン ドゥ トワという名の店です。
この世界でアルバイトをした経験もなく店を持とうと思ったのですから、怖いもの知らずと云うものです。
何かを選択する時の規準は、こよなく自由でいたいと思うことです。
自由を求めることは、厳しい道であることも、多々ありますが、それでも、自由を願わずにはいられないのです。
選択のカ-ドは、私の手元にあります。
父は、水商売に入る事に大反対しました。当時は、永年クラブで勤め、そこでスポンサーを見つけて、店を持たせて、頂くのが、当たり前の時代でした。
父が反対するので、一番信頼している叔父に相談し、説得してくれるようにお願いしました。
「あの子は、言いだしたら、きかん子や、1、2年したらやめたいと言い出すから、その時、辞めさせたら良い」と、説得してくれました。
父は、しぶしぶ私に条件を出しました。
朝、普通の人が起きる時間に起きること、水商売でも立派な人は、おられるけれど、昼頃まで寝て、青白い顔で、いかにも水商売とわかるような女性になるな、
いつでも普通の女性でいること。
それが、父の条件でした。
店をオ-プンする前日、三ノ宮を歩きながら、明日から、このネオンの街で、私は生きるのだと思うと、期待と不安で、いっぱいになりました。
父に反対されても、この道を選んだのだ、後戻りは出来ないと、言いきかせました。

ルー・サロメ 神戸