震災19年

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朝5:47より催される式典が終わる頃を見計らって、東遊園地に出かけました。
朝の冷気を感じながら、あの日も寒かったなあ~と、思い出しながら歩きました。
あの日、ど~んと、大きな縦揺れがしました。幸い離れに住んでいたので母も私も無事でした。母屋の応接間の壁は全部落ち、竹ぐみが丸見えになっていました。昔寝起きしていた母と私の部屋は、両方とも洋服箪笥が倒れているのを見て、立ちすくんでしまいました。今は亡き母はその後数年寝具を着て寝ることはありませんでした。きっとあの時の不安感がそうさせたのだと思います。

東遊園地は、ロ-ソクの火がたえまなく灯っていました。
炊き出しの豚汁を頂きながら、当時店の前で、カレー、豚汁、甘酒のボランティアをした事を思い出しました。高砂ワイン倶楽部のメンバーが数人、材料を仕入れて駆け付けて下さいました。向かいのお米屋さんは、フランス料理屋が、炊き出しをしてくれるとは思わなかったと、灯油スト-ブを貸してくれました。知らない人々とも、ただただ無事を喜び抱き合ったことを覚えています。
生き延びた者として、何をしたいのか、何をしなければならないのか考え続けました。
当時のフランス料理店はなくなり、今は北野坂で小さな店を与えられていますが、まだ私の自問自答は続いています。

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